映画「未来のミライ」の評判が悪い理由
※この記事はネタバレなしで書いています
先日細田守監督の映画『未来のミライ』を見に行ったんですけど、正直期待ハズレだったというのが僕の感想。
中学生の頃、監督の『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』を見たときから彼の大ファンで、『時をかける少女』『サマーウォーズ』『バケモノの子』など全部好きな作品で僕の青春です。
一昨年、新海誠監督の『君の名は』が大ヒットしたときも
「サマーウォーズの方がもっとおもしろいのに!!」
となぜか勝手に悔しく思っていました(笑)。
だからこそ『未来のミライ』に期待していたんですが・・・。
映画感想共有サイトでみんなの評価を見てもパッとしないですね。
なぜ『未来のミライ』の評判がわるいのか?
結論から言うと未来のミライには「ストーリーがないから」だと思います。
ここで「ストーリー」とは出来事の「因果関係」と出来事による「キャラクターの心理変化」と定義します。これをわかりやすく図で表したものに『シンデレラ曲線』というものがあります。
上の軸が物語で起こる「出来事」、下の軸がその出来事に対する「キャラクターの心理変化」を表しています。また「出来事」はデジタル的に起こり「心理変化」はアナログに変化していきます。
シンデレラ曲線はその名の通り誰もが知っている童話『シンデレラ』のストーリーを可視化したもので、出来事に対するキャラクターの心の動きがはっきりしています。さらにクライマックス(ガラスの靴がぴったり合う)の前に、テンションが今までに無いくらい落ちることで後の幸福(ハッピーエンド)を強調しています。
この「心理変化」に我々が感情移入をすることで、主人公と同じ心の動きを追体験でき、おもしろい物語になるのです。
また、ここで大事なのが『シンデレラ』は起こる出来事に因果関係があるということです。
継母や姉にイジメられている→それをみかねた魔法使いが魔法をかけるが、魔法は12時に解けると忠告する→その通りに舞踏会で魔法が解ける.このときガラスの靴を落とす→その靴を持った王子様がシンデレラを探しにきてくれる
といったように出来事と出来事がパズルのピースのように繋がっているんですね。こうすることにより、物語に違和感が無くなります。また出来事同士の結びつきが強ければ強いほどより説得力の高い物語が生まれます。この手法を巧みに使うものが伏線とよばれ、ミステリーなどでは読者を驚かせたり、感動させる際のテクニックとして広く用いられています。
さて、話を『未来のミライ』に戻しましょう。
未来のミライのシンデレラ曲線がどういうものだったか作ってみました。
ネタバレ防止のために出来事は隠しています。
このように主人公の心理変化がほとんどなかったんです。しかも出来事の因果関係もほとんどなく、あったとしてもとても弱い結びつきでした。これでは感動のしようがなく、拍子抜けしてしまうのも無理ないと思います。
ただ『未来のミライ』は良いところが一つも無いのか?と問われればそんなことは全くなく、むしろ素晴らしい要素はあちこちに散りばめられていました。
例えば、声優。細田守監督作品はSF要素が強いのですが、声優に俳優や女優さんを起用することで物語にリアリティを持たせることに成功しています。プロの声優さんがいいと言う人も多いと思いますが、自分としてはこちらの方が好きです。
演出も素晴らしかったですね。現実から虚構へ主人公が入っていくシーンがあるのですが、すっと自然に移るんです。またなんてことない日常のちょっとした出来事をコミカルに描いていて、「あー、子供の時ってこうだったなぁ」と感傷に浸ることができました。さらに『時をかける少女』の時間を移動するシーンや、『ぼくらのウォーゲーム』のデジタル世界に入るシーンのような細田作品独特の演出が今回もあり、ファンにとっては胸熱でした。
そしてなんといっても『未来のミライ』の一番よかった点は「テーマ」ですね。
恐らく「家族の歴史の上にある自分」がテーマだったんじゃないかと思います。要所要所にそれを意識させるようなシーンがありました。とても良いテーマでそれがわかったときは感動してウルっときました。けど、だからこそしっかりとストーリーに乗せて伝えてほしかったなぁ。
長々と書いてきましたが僕の総評としては「テーマは良いがそれを伝えるストーリが粗末な作品」ということになります。
見る価値があるかと問われれば、微妙なところではっきり言えません。気になっているなら見てみるべきですが、心揺さぶられるような物語を期待しているならやめておいた方が良いでしょう。